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チェチェン独立軍とロシア軍の戦闘が続くチェチェンは、ノアの箱舟のノア一族が定着したところで、その歴史を反映した独立言語チェチェン語を話す所でもある。現在の宗教はイスラム教であるが、地の果てまで追って復讐を果たす「血の誓い」でも有名だ。
そのチェチェンの中の小さな村、カリーニナで山にヤギの放牧にケファが行っている間に父、妻、そして可愛くまだ幼い娘の3人が同時に殺されてしまった。当然ながらケファは復讐を誓う、「血の誓い」である。そしてケファ・カスモフと友人のムファの二人は果てしない復讐の旅に出ようとしたが全く当てがなく途方に暮れた。
その時ケファはかつて一緒に働いたことのある親友伊達を思い出したのである。
謎めいた一通のメールを受け取った伊達は親友のために千代と共に支援を始める。
家族を殺害した3人の犯人の特定、所在の確認などを経て復讐は実行に移される。チェチェンの基地にいた一人の殺害などは苦労が多くても実行できたが、一番の大物はモスクワの情報機関に所属していた。フェドチュクという幹部将校をなんと、彼のラスプーチン暗殺現場となった、ユスポフ邸に呼び出し、銃撃戦を経て遂にフェドチュクを倒す。そこからのヘリでの脱出作戦が手に汗握るものだ。ロシアの3機の軍用ヘリのうち2機を撃墜し、3機目のミサイルで墜落されたと見せてノルウェー領内に着陸する。
この紹介文を書くために読み直してみて余りの面白さに驚いた。自分の著書に感動するなんて変ではあるが、実際そうなのである。
ロシア物をもう一冊書きたくなった。
本能寺の変の本当の原因や状況がどういうものであったかは謎の部分が多い。その理由は資料が少ないことにある。太田牛一が羽柴秀吉の命を受けてまとめ上げた『信長公記』が主たる資料なのである。何故か。本能寺の変の前夜信長は主要な公家たちも招いて大茶会を開いたのだが、その公家たちの日記はその部分が削除されていると聞く。つまり本能寺の変について語るのは憚られることだったのである。ということは、伝わり、流布するものが真実ではないということなのである。かつて会社員時代、『信長公記』15巻のコピーを作り、社内の古文書研究会でそれを教材にして解読を”指導”していたこともあり、それはなじみの深いものだった。信長の天下取りには武田攻めが必要だった。その武田攻めに明智光秀はわずかの供回りだけで参加、軍勢の帯同を許されなかった。武田方への寝返りを懸念されていたのである。武田を打倒した帰りに信長は徳川領をほとんどすべて見て回っている。それは信長が駿遠三の徳川領への侵攻を計画していることの証拠である。
武田なき後、日本国内に敵対する大勢力はいなくなった。しかし信長は天下人を目指していた。その天下の中に徳川領三か国が独立して存在することなど許されないことなのである。すでに有力外様大名の荒木村重を謀略によって敵対させ、滅ぼしていた。残るは大大名の明智光秀とこの徳川家康だけなのである。
この二人を滅ぼす方法を信長は考えた。それは「キツネにタヌキを討たせ、討ったキツネをサルに討たせる」という方法だった。
事実は小説より奇なり。大河ドラマなどとの違いを味わってほしい。
『太安万侶の暗号シリーズ』全8巻の電子書籍化を順次進めてきたが、ついに最後に残っていた『太安万侶の暗号(五)~漢家本朝(上)陰謀渦巻く飛鳥~』の電子出版化である。内容は従来の政治的にゆがめられた歴史を信じ込んでいる人には驚きのものであろう。単なる小説ではなく併録した「漢家本朝考」「談山神社考」「聖徳天皇考」という3論考で科学的に検討を加えたものであることを強調しておく。
本書では北魏系の渡来者、元大拓が構想し、数代が受け継いだ、壮大にして遠大な倭国奪取の企みを背景に、様々な事件が起きていく様を描いている。「漢家本朝」成立への流れを理解すれば飛鳥、平城、平安時代の歴史は理解しやすくなる。政治的意図をもった教育で植えつけられた先入観を排せば、歴史はその姿を歪みのない形で眼前に現わすだろう。お楽しみいただければと思う。
北魏系渡来人たちの本当の歴史は隠されたままだ。藤氏家伝など、真実を隠した表向きの創作話のように見える。拓跋部なのに泰氏の如く繕い、中臣の姓を盗用し、高向の姓も別の家系として扱っている。その系譜は正確には解き明かせない状況にある。
本書は『太安万侶の暗号シリーズ』の第四巻である。いつも通り編集も表紙カバー作成も福士亜矢子の手になる。感謝の意と共に紹介しておきたい。
さて、日の本国の大規模な攻撃により、百済系の崇神天皇以来続いた王朝は新羅系の助力を得るため息長帯媛を仲哀天皇の皇后とする。しかし仲哀天皇も死に、戦況悪く息長帯媛は新羅まで退却、同国の支援を得て筑紫に戻り、瀬戸内海を東進して大和入りを果たし、政権を奪取した。そして応神天皇の代となった。この時中国の秦の後裔の集団帰化が、そして遅れて漢の後裔の集団帰化が行われた。いわゆる大倭は渡来人で溢れたのである。そのために元来の縄文系日の本国人とは性質も気性も異なる地域に変貌していった。そして倭の五王の時代に入る。新羅系の朝廷は、その民族的性格を反映して、皇位をめぐり血なまぐさい抗争を繰り返す。それだけでなく、歴代の天皇の極端な性格は残酷な虐政・悪政を生み、大倭の国は乱れに乱れた。暗殺・謀殺があったが、万世一系の父子継承がなされたかの如く歴史改竄を目論んだ北魏系王朝(漢家本朝)により編纂された『古事記』『日本書紀』の天皇の系譜が中国史書に記載の歴代天皇と合致しないという大矛盾が結果として起こった。その倭の五王の比定を併録の『倭の五王考』で行っているので、謎解きも楽しみながら読んでいただきたい。
卑弥呼の名と行動、そして邪馬台国について魏志には詳細な記述があるにもかかわらず、『古事記』も『日本書紀』も一切それに言及しない。その理由は編纂を命じたものが天武天皇以降の北魏系渡来氏族が作り上げた新王朝(漢家本朝)を天照以来の一系の、しかも男系の継承によるものと偽るためだった。
その北魏系の漢家本朝の創作した万世一系の天皇の“お話”を明治政府は天皇神格化という政治目的に利用するだけでなく、強力に、そしてしつこく学校教育によって国民の脳に植え付けてきた。現在でも天皇の譲位や代替わりのたびに、天皇の仕事は「国民のために祈ること」などという、”願望”を事実のように”唱える”ものが、いや学者までいる始末である。学校では教えない、後鳥羽上皇が起こした承久の変の状況を見るがよい。天皇(上皇)の救いがたい、「自分さえ助かれば、の精神」を理解できると思う。
『古事記』や『日本書紀』の歴史改竄については拙著『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』~萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉~』や『北魏再興国家としての日本(漢家本朝)』などの研究書で詳述しているので参照いただきたい。
本書では、東北にあった日の本の国のいわば植民国であった大倭が、百済人の崇神天皇の出現で日の本国という宗主国と緊張関係になり、統治者のしるしである神鏡と神剣に祟られ、それらを宮中から追い出さざるを得なくなった経緯、その事に依る疫病蔓延による人口半減などの祟り、その祟り封じのための伊勢神宮の建設のあと、佐保毘賣、佐保毘古の乱、その子ホムチワケの乱の起きる中、大倭を日の本国から独立させるための魏国の利用とそのための卑弥呼の遣使などについて説明している。ヤマトタケルの物語の歴史的位置づけも行った。併録の論考「邪馬台国考」では、卑弥呼の墓の推定や、伊勢神宮外宮の起源なども考察している。卑弥呼は日本の歴史に大きな存在感を持つ存在なのである。
明治以来の歪んだ歴史教育の内容にもやもやとした違和感を持つ方には、視点、視座を変える契機になるのではないかと思う。
オーストラリア、特にウェスターンオーストラリアに関するエッセイを郁朋社からすでに3作品出版している。その内で、『グッダイパース』と「オーストラリア、癒しの大陸を行く~パース、アルバニー、エアーズロック」の2作品は売り切れたようだ。
2019年9月1日からANAが成田―パースの直行便を就航させた。かなり昔になるが東京―パース便はダーウィンにワンドロップするが存在していた。従ってこの直行便は初めてのものではない、復活したと言った方が良いのかもしれない。
そんな背景があるところで原稿を確認してみたら1作品分の原稿があることが分かった。それとともにまだ書きかけの原稿も大分あることも分かった。そこで、完成している原稿文を『グッダイパースⅡ』として電子出版することにした。
パースそのものについても触れているが、パース周辺やパース起点の小旅行なども取り入れている。例えば、ロッキンハムでのドルフィンウォッチ(見るだけではなくドルフィンと泳ぐ、というコースもある)、ちっちゃな南極ペンギンを見る、マンジュラでハウスボートを借りてカニ取りなどを楽しむ(車の運転免許があればオーケー)、カリジニに出かけて広大な国立公園(スイスと同じくらいの面積がある)で寝袋キャンプをして満天の星と次々に起きる流れ星に願いをかける、マーガレットリバーを訪ねてヴィンテージワインを楽しむ、元日のアスコット競馬場でのパースカップを食事付きで楽しむ、モンキーマイアでイルカのジャンプを見、シェルビーチで貝殻だけでできた砂浜を歩き、地球に酸素を供給した太古の生物ストロマトライトをハメリンプールで見、さらにコラルベイでサンゴ礁に群れる魚たちと戯れるなど、ワクワクすることを体験し、楽しい思い出が両腕では抱えきれないほどできること間違いなし。
オーストラリアで最もポピュラーな歌「ウォルツィング マチルダ」には、ビラボン(池や小さな湖などを表すアボリジニ語)のほとりでスワグにくるまって泊まり歩くスワグマンが登場するけれど、それを疑似体験するチャンスでもある。
今回も「さあ行こう、パースへ」を合言葉にした。久しぶりに私もパースを訪ねて見たくなった、勿論直行便に乗って。
「パースに来ようとする人は沢山いるが、パースを去ろうとする人はほとんどいない」かつて兼高薫さんが世界で一番美しい街と表現したパースを味わう際の参考になればと願う。
シュリーマンがトロイの遺跡を発見したのはホメロスの叙事詩『イリアス』を単なる詩で
はなく実際にあった歴史をベースに作ったものとしたからこそのものであった。『古事記
』に事実に基づいた歴史が反映されているとの考えのもとに解読し、小説型にまとめたも
のが本書である。
日本人はどこから来たのか、最初にどこに定着したか、文字はあったか、社会システムはどうだったのか、そして縄文人弥生人との関係は、といった疑問は今も疑問のままのことが多い。
『太安万侶の暗号シリーズ』を何巻か出版した段階で、この問題に取りかかることにした。そして科学的にアプローチしようとして最初に「園田豪の『日本の起源と文化考』」をまとめ、それを基盤として小説型の『太安万侶の暗号(ゼロ)~日本の黎明、縄文ユートピア~』を書いたのである。そこにベースとなった論考もそのまま収録することにした。
日本人の人種的起源を探るために遺伝子研究データを参照した。日本人のプロトタイプであろう縄文人には大陸朝鮮半島の人間にはほとんどないハプログループの存在が明らかになっていた。それは現在では地中海周辺に認められる特徴だった。日本語における母音数の少なさ、縄文人の原型に近い日本人が住む例えば三陸地方では肌の色は白く、眼の青いものさえそれほど珍しくないということなどを考え合わせれば、縄文人はコーカソイドである可能性が高い。それが大陸や朝鮮半島を経由して日本にやってきたとは考えられない。海路アラビア半島から来たと考えるのが妥当だろう。
縄文人は作毛をしなかった。つまり農業をしない民族だったのである。その採集経済の縄文人にとっての居住最適地が東北日本だったのである。縄文時代中期には人口約28万人と推定されているがその居住域は関東以北の当時の照葉樹林帯にぴたりと一致する。ドングリやクルミという木の実が豊富で、イノシシ、鹿、クマなどの動物も多く、川にはサケやマスが昇り、海岸にはニシンやハタハタが押し寄せる東北地方は縄文人にとってはパラダイスだったのである。
東北東側のアワの国と西側のヨミの国、神社にある鏡池の意味、ストーンサークルの示す天体観測、製鉄、神代文字など多岐にわたる疑問に答えている。
縄文時代を物々交換の社会と思いたがる学者たちが多いが、石器の原材料である黒曜石の流通が何百キロにも及ぶところからは、流通システム、商人の存在が想起され、何らかの貨幣が存在していた可能性が高い。
縄文海進により本州は琵琶湖、巨椋池、大和湖、河内湖で西南日本と遮断されていたと思われ、西南日本は中国地方も含めいくつかの島によって構成されていたと思われる。
東北の青森県の野辺地辺りが初期の都で、後に宮城県多賀に移ったが、その原始共産制の社会を描写している。
大陸や朝鮮半島からの、農耕民族が流入する以前の日本を知ってほしい。
海外アクション小説の処女作品『オホーツクの鯱』に続くロシア物第2作である。前作で、サハリン脱出に窮していた伊達清を助けてくれた旧友セルゲェがその行動を疑われバイカル湖の奥の収容所に捕らわれの身になったのを、今度は伊達が助ける番だと、千代とともに大活躍する。
結氷したバイカル湖の向こう岸にある収容所に忍び込んだ伊達は旧友であり愛するターニャの夫であり、そしてサハリン脱出時に助けてくれた恩人であるセルゲェを救出するが、セルゲェは自分を密告した元部下への復讐のためにサハリンに向かった。復讐を遂げたセルゲェをサハリンから脱出させ、サハリンに残したターニャとその娘アーニャを黒海沿岸の町、ソチに移動させ、そこからカスピ海経由で一家を脱出させる。吹雪の中のヘリでの戦い、カスピ海を小型潜水艦で潜航脱出する場面などまさにアクション小説を感じさせる。アーニャの実の父親である伊達の娘への愛情が垣間見える人情作品でもある。
中東オマーンの国防大臣からの依頼を受け、国王暗殺を未然に防ぐべく、オマーンに乗り込んだ伊達清と千代の二人は、暗殺を計画するものを探し、ドバイまで追跡し、砂漠の中まで追い詰める。流砂の中に飲み込まれた者が最後に見たものとは白い太腿に描かれたキャメルスパイダーだった。仕事を終えヘリで移動した途端、依頼の事実そのものを消そうとする友人の国防大臣に狙われる。首都マスカットの海、オマーン山脈、砂漠の砂丘、オアシスの町ニズワ、それらを舞台に繰り広げられる攻防の連続。中東の砂漠の世界を感じ取れるアクション小説。
The Emperors of Japan from Tenmu ( ?~686) to date have consisted of the migrated descents of The Northern WEI Dynasty (one of the ancient China). This conclusion was obtained by Go Sonoda through detailed analyses and study of historical literatures from Japan, China and Korea. This history is so different from the taught “official” history in school which has been affected and modified by the political pressure mainly from the Meiji Government. History must be a science. And this Japanese edition will be followed by the Chinese one for the people who want to know the true history of Japan, in the world.
まず、東北大学名誉教授大村泉氏による推薦文を示そう。「日本の歴史教育は明治政府が掲げる皇国史観に合致するようになされてきた。合致できない資料などは目に触れぬようにされてきたようである。本書は明治政府の意向とは無関係に真の古代史、そして日本の天皇家の成り立ちを科学として探求したものである。原資料を確認しつつの緻密な考究は、『天武天皇以来の日本の天皇家は中国からの北魏系渡来氏族によって構成されてきた』との驚くべき結論をもたらした。日本の真の歴史を知りたい人にとって必読の書であると信じる。」というものだ。本書は日本の歴史を書き換えるだけでなく、世界史をも変えるものと考えられる。
父高向鎌足(藤原鎌足)に命ぜられ、見守られる中で漢皇子(中大兄皇子)は板葺きの宮で蘇我入鹿を殺す。これが乙巳の変である。蘇我入鹿の遺骸を甘樫の丘の蘇我蝦夷に届けた高向鎌足に後を託して蘇我蝦夷は自害する。
乙巳の変の後、元々高向鎌足の妃であった寶皇女の弟の軽皇子を形式的な天皇、孝徳天皇とし、いよいよ北魏系渡来氏族、高向氏が倭国の実権を握り、北魏を再現しようとの念願を果たすべく大改革を開始する。これが大化の改新だ。まずは年号を導入し、しかも「大化」という大変革を意識したものとした。そして氏族制だったのを貴族制とし、氏族に属していた民を天皇に属することに替え、班田収授制、三長制、駅伝制などの北魏の制度、システムを倭国の国情に合わせて改変しながら適用した。武器を取り上げる「孝徳の刀狩り」ともいうべき施策もとって、倭国を中央集権国家に替えて行った。
乙巳の変の功労者である蘇我倉山田石川麻呂の暗殺を謀るも、石川麻呂一族は飛鳥の山田寺にて自害した。
これに怒った孝徳天皇と実質的「天皇」の中大兄皇子との反目が深まり、孝徳天皇も暗殺された。
朝鮮半島では百済・高句麗対新羅の争いが激しくなり、新羅と唐が同盟を結んだために倭国は百済保護の仕方が難しくなった。唐の出兵情報を探るべく遣唐使を送るが唐に疑われ、或いは罰せられ、或いは収容隔離されてしまった。その状況下で百済は滅んだが、遺臣たちが再興に立ち上がり、倭国はこれを援助するも、白村江の戦で唐に敗北する。大量の百済遺民を引き取った倭国は筑紫にこれを受け入れた。
唐は占領交渉団を倭国に送り、筑紫に都督府を置くことにし、そして唐軍が進駐した。倭国は国全体が唐に併合されぬようにと唐との戦いの準備を進めた。
そんな中、高向鎌足が死去する。北魏皇帝の後裔であることを示す「東元(謄元)」という姓を考え、これを倭国風に文字を替えた「藤原」の姓を下賜させた。
そして藤原鎌足は大海(人)皇子に倭種の血を半分引く中大兄皇子(天智天皇)を殺して高向氏百パーセントの大海皇子に天皇となるように遺言する。
倭国の歴史上最大の内乱、壬申の乱が迫ってきた。
「コズロフスキー知事の謀略に追い込まれたセミョーノフは自殺する。娘と娘婿の二人はその復讐を伊達清、千代の二人に依頼する。
サハリンに潜入し、伊達のかつての恋人ターニャ、その娘のアーニャ、そして現在のターニャの夫である旧友のセルゲエに会い、セルゲエの協力で危機を脱出した伊達は、千代と二人でオホーツク海の荒れる海の、海面すれすれを飛行して再度サハリンに向かい、海岸での式典で祝辞を述べているコズロフスキーを急襲する。殺害方法はセニョーノフの恨みを晴らすべく限りなく残酷な方法とした。
脱出のために再びオホーツク海上を東に飛ぶヘリをミグ戦闘機が追跡する。近づくミグ、伊達と千代はヘリを脱出して海中に逃れるが、その直後にヘリはミグのミサイルで撃墜される。そしてその先には何と『オホーツクの鯱』が…
息詰まるシーンが多い中に、アーニャが伊達の娘であったこととそのアーニャとの交流などに心温まるシーンが織り交ざっている。『オホーツクの鯱』というタイトルの意味が興味深い。」
「白村江の戦で大敗して、百済遺民を回収して撤退した倭国は、その敗北により唐に支配されることになった。やがて唐の占領部隊が大宰府に都督府を置き、駐留した。同じ拓跋部が建てた吐蕃と唐を戦わせ、それにより唐を半島から追い出し、倭国は独立する。大海皇子は天智天皇を殺害し、壬申の乱を起こし、北魏を倭国に再興して天武天皇となる。その朝廷の完成と永遠の継続のために持統、元明天皇となった藤原不比等が歴史改竄も含む施策を実施し、遂に漢家本朝の完成を見る。しかし千年の繁栄の礎を築きあげた功労者でありながら、自分の墓の存在さえ、消し去ろうとした人生観、態度には尊敬の念を抱かざるを得ない。是非本書を読み、その偉業と人となりに触れてほしい。」
2,000年のこと、オーストラリア北岸沖のチモール海で石油探査の試掘井掘削中に金属パーツを坑内に落としたが、それがBOP内に引っかかってしまった。それを取り除かなければ坑内作業が不可能なため、掘削中に取り外すことが許されないBOPを掘削リグ上に回収した。そして内部から金属パーツを取り去り、いざBOPを海底に戻そうとした時、作業員の誤操作によりBOPの下部約90トンの装置が水深500m超の深海底に落下してしまった。
坑井がノーコントロールになっているのでセメンティングを実施するも逸水、やむなくEZ-SVをメカニカルセットし、ウェルヘッド、BOPの状態確認、メディア対策、BOP回収法の検討など矢継ぎ早に決める。コントラクターのダイアモンドオフショア社は石油開発会社と密接な協力態勢をとり、回収に向け昼夜兼行で取り組んだ。BOPのダメージを考え、万一に備えシンガポールにBOP検査官を派遣して、代替品の調達準備を並行して行った。そして事故発生から6日目に遂にBOPの回収に成功する。この短期間での成功は世界記録であった。
ダイアモンドオフショア社の副社長の述懐が印象的だ。
「我々はこの事故とその後の協力関係から、対立ではなく融和なんだと言う東洋の心を知りました。初めての経験でした。これからのわが社のオペレーションにその心を生かして行きたいと考えております。ミスター島野、あなたが世界のどこかで坑井を掘削するときがありましたら是非ご連絡ください。私たちはあなたのために掘削作業をすることを喜びと感じています。ダイアモンドオフショアはいつでも、何処でも、あなたに出来る限りのサービスを提供したいのです」
責任のなすり合い、押し付け合いではなく協力が危機管理上の最重要なファクターなのだと教えてくれている。
石油開発関係に従事している人ばかりではなく、プロジェクトというものに携わる人たちの参考になると思う。
中国の政府傘下の人民中国雑誌社が発行する中国唯一の日本語雑誌『人民中国』2016年9月号で紹介された論考本である。北魏系渡来氏が日本の朝廷を奪取して天皇家となった漢家本朝は天武天皇によって完成した。そして後継者藤原不比等が持統天皇、元明天皇となり、その永続策が策定された。在地の天皇家の正当な継承者を装うために大きく歴史を改竄して作った偽史『日本書紀』の内容を解読・復元する驚きの一書である。また、千三百年明かされなかったいろは歌の真実を遂に解読している。そこには、柿本人麻呂の藤原不比等に対する呪いの言葉「不比等に死を」が隠されていた。なお、漢家本朝成立の経時的流れについては『太安万侶の暗号』シリーズ(四)~(七)に詳述した。さらに詳しい内容紹介(長文)もしているので、興味のある方は是非ご一読願いたい。
インドネシアのジャワ島にはスルタンが知事として治める特別州が存在する。そこでは古来のジャワ語が話され、書かれている。中心都市はジョクジャカルタ、有名なボロブドール遺跡のすぐそばだ。そしてその北には「神の山(グヌン アグン)」とあがめられる「グヌン メラピ」がそびえ、噴煙をしばしばあげていた。その南側の海に石油開発鉱区が設定、解放されようとしていた。南から来た女王とジャワの王とが出会いそして国が栄えたとの伝説を持つ人々は海の開発に反対だった。表向きには行動できぬスルタンは密かにその計画を潰すべく伊達清に依頼する。一滴の血も流さずに、との条件下での知略戦が始まった!
『萬葉傳授』各巻 随時出版中!(電子書籍)
天武天皇が完成させた漢家本朝は、北魏皇統の後裔(鮮卑系拓跋部)が継体朝に渡来し、長い雌伏と策謀の年月を経た結果であった。日本の皇位を奪取したことを取り繕うために『古事記』『日本書紀』などの偽史を編纂したが、渡来民であることを隠すために「和歌を詠んだことにする」ために『萬葉集』の編纂を柿本人麻呂に命ずる。このような背景を始め、『古今和歌集』の仮名序及び真名序の解読をし、さらに『古今傳授』の、異なる2種類の存在とそこに記述の三鳥三木から実際には四鳥四木であったことを導き、そこから『萬葉集』に関する大きな秘密を発見する。また三種の神器の一つである神璽の正体にも迫っている。
『萬葉集』二十巻のうち、柿本人麻呂が編纂した巻一と巻二に所載の二三四首を『原萬葉集』と定義し、「いろは歌」に込められた秘密の言葉と同様な、隠された意味はないかと漢字の意味に遡り、漢文的な読みをし、さらに漢詩型への変形などを用いて徹底的な解読を試みた。本書は歌番一から三五までの解読をまとめたものである。歌番一の雄略天皇の歌とされるものは雄略天皇の作ではないことは明らかで、それは柿本人麻呂こと大三輪朝臣高市麻呂が、漢家本朝、特に持統天皇、元明天皇として君臨した藤原不比等(『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』~萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉』参照)の本当の姿と名前を暴いてやる、との柿本人麻呂の宣言文であり、それこそが『原萬葉集』の性格を表わしているのである。
この巻は雑歌のうちの歌番三六~八四の解読結果を記述したものである。歴史上不明だったことが数多く明らかになってくる。例えば歌番五〇の長歌からは、死の状況も、殯、葬送そして陵に関しても分からなかった天智天皇に関する重大事項が書き込まれていた。その要旨は「天智天皇が殺され、檜の棺に納められ、武人数十人の遺体と共に宇治川に流された。そして巨椋池あたりでそれを見つけた人たちが驚き、我を忘れて引き寄せたが、泉川(木津川)を遡らせた。天智天皇の支配する国が亡び、新しい世になることはかつて発見された亀の甲羅の文字でも明らかだった。棺は泉川を遡らせる。これは天が定めたことだ」というものだ。歌番五二には藤原宮の設計思想が隠されていた。歴史の謎が解けて行くのを実感できると思う。
この巻は、歌番八五~一四〇という相聞歌全ての解読結果を書いたものである。『原萬葉集』の二三四首の歌の中にただ一首『古事記』に載っている歌がある。歌番九〇だ。そして極めて類似の歌もある。歌番八五だ。
(歌番八五)君之行 氣長成奴 山多都祢 迎加将行 待尓可将待
(歌番九〇)君之行 氣長久成奴 山多豆乃 迎乎将徃 待尓者不待
(古事記) 岐美賀由岐 氣那賀久那理奴 夜麻多豆能 牟加閇袁由加牟 麻都爾波麻多士此云山多豆者、是今造木者也解読結果も興味深いが、この共通点は柿本人麻呂が編纂段階の『古事記』を読んでいたことを示す。それどころか柿本人麻呂が『古事記』『日本書紀』所載の上代歌謡の作者である可能性を強く示唆する。詳細はこの巻の中に記述されている。
この巻では、挽歌の前半である歌番一四一~一九三までの解読を行っている。『萬葉集』は全て漢字で、しかも漢文的表現を用いながらの表記のためか、いわゆる読み下しを元々の歌だと誤解している人が多い。幾つもの読み下しが提案されている場合もあれば、現在まで読めないとされるものまである。歌番一五六、「三諸之 神之神須疑 已具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多」は難訓歌と呼ばれるもので「「已具耳矣自」」の部分の読みは定まっていなかった。本書ではこれを「ヲグニムジ」と読み、その意味を考究している。更に歌番一九三の解読によって、草壁皇子が天武天皇の時代に三河国の赤坂に住んでいて、阿騎野での殺害の後、三河国の宮路神社の場所に葬られたとの歴史が浮かび上がった。解読の楽しみだけでなく、解読結果に驚く経験が得られるだろう。
この巻は、挽歌の後半、歌番一九四~ニ三四までの解読の結果を示したものである。歌番一九六は「明日香皇女木缻殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首 并短歌」との題詞のついた長歌であるが、解読の結果、天智天皇という藤原不比等にとっては滅ぼさなければならぬ相手の娘、明日香皇女に恋をしてしまった藤原不比等の人間らしい様子が浮かび上がった。持統天皇となった藤原不比等が『日本書紀』の記述を見る限り、生涯に一度訪ねた女性がこの明日香皇女なのである。「不比等の恋」、そんな歴史の表には決して現れない人間関係が『萬葉集』の解読で見えた稀有な例ではないだろうか。詳細な検討に引きずり込まれるのではないだろうか。
この巻は本論の前半であり、『原萬葉集』全二三四首の歌の解読結果の集約と解析の一部を記述する。具体的には、「解読結果一覧」「『日本書紀』歌謡時代分布との比較」「詠み人分析」「『古事記』歌謡との表現の差異」などだ。
『古事記』『日本書紀』所載のいわゆる上代歌謡の初出は両書とも「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに…」という神代の時代の歌なのだが、『原萬葉集』における一番古い歌は仁徳天皇の時代のものとなっている。しかし、『日本書紀』には持統天皇の時代までの記録であるにも拘らず、一番記録が多く残っていると思われる天武天皇と持統天皇の時代の歌が一首もない。翻って『原萬葉集』を見れば斉明天皇から持統天皇というたったの四代に二一二首が、すなわち全二三四首の九一%が集中している。中でも持統天皇の時代には一五六首、すなわち六七%が集中するという異常さである。この歌の分布上の特徴は当然編集の目的を反映していると見るべきである。これらの分析に基づく考察については本書で確認してほしい。
この巻は、全二三四首の解読結果の集約と解析の後半部に相当する。そして内容は「解読結果の主題別検討」「万葉集の解読法」『釈萬葉集』に大別される。
日本初のLNG製造装置の導入を計画した越後石油。仕事を取ろうとするエンジニアリング各社は激しい受注工作を開始する。その競争を利用して一儲けを企む会社経営者。公正を貫こうとする資材部長達との駆け引きに、恫喝そしてダーティな動きが止まらない。企業における調達の闇をLNG製造施設の導入、建設を舞台に設定してリアルに描く。「悪人」必読の『調達の闇』シリーズ第1弾である。「天井裏」を埃にまみれながら、隠れ、動き回るネズミの如く、薄汚く、そして目まぐるしく展開するストーリーに注目だ。
『お脈見坊主』
山崎製鉄の油井管はネジの強度などが越後石油の要求を満たさないからと一度も納入実績がなかった。製造所の所長は初納入との実績を昇進の原動力にしようと越後石油の社長が通う医者と同じ医者にかかっている仲のいい副社長に頼み、医者、即ちお脈見坊主を通じて油井管の売り込みを画策する。その効果あってか、入札で受注できなかった山崎製鉄になにがしかの発注を無理強いする不公正が発生する。調達をめぐる、越後石油内部の抗争、駆け引きなど、欲とカネにまつわる人間の醜さが描かれている。